CMをもう一度、あこがれられる映像へ


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株式会社博報堂 クリエイティブ・ディレクター 須田和博さん

― 今、CMを取り巻く環境はどうなっていると思いますか?

須田:私は今、多摩美術大学のグラフィックデザイン科で非常勤講師として教えているのですが、今の大学生にとっての広告映像とは、動画サイトのプレロール広告やバンパー広告、SNSに挟まってくる動画のことで、そこが自己実現できる可能性のある領域だと思う人は少なくなっていると感じます。

 

彼らが希望する職種は、まずゲームデザイナー、そしてミュージックビデオを作る人。中でもアニメでMVを作る人なのです。広告映像を作る職種への関心は低くなっているというのが現実です。今の若者が接触してるメディア環境からすれば、まあ当然とも言えるよなぁとも、思います。

 

そんな受け手の変化と同時進行で、送り手・作り手である広告会社の取り組み方にも変化は現れていて、昨今はプロモーションやPR手法を、まず考える。その流れの先に「CMも必要だから作ろう」という思考や手順になっているように感じます。

 

―では、CMというのはもう重要ではなくなっているのでしょうか?

須田:受け手の環境やニーズの変化に応じて、送り手が媒体や手法を変化させるのは、広告業の当然やるべきことだとは思うのですが、コミュニケーションの言語として、「映像言語」がいまだに圧倒的に強いチカラを持っていることは、変わらないと思います。「いまだに変わらない」というか、「ますます強まっている」ですよね。そして、その中でもいわゆるCMという表現形式は、短い秒数の中で、ものすごく多様な映像手法を、課題に応じて使い分け、使いこなしているものだと思います。例えば、食品CMにつきものの「シズル映像」ひとつとっても、そこには様々な撮影技術や演出技法がこらされていて、目的に合わせて感情を呼び起こす手口がいっぱい詰まっています。

 

このような多様さ多彩さは、撮影や編集やカラコレなどCMづくりのあらゆる局面で駆使されていて、それが「強いコミュニケーション言語」を作っている。そこは、いわば映像言語の「最高峰の場」であるはずなんですよね。それなのに、今、TVやWEB動画を見る人々には、全然、魅力的に見えていない。それは非常にもったいないことなんじゃないか、と思っています。

 

たとえば、CMで学んだ映像言語を武器に、他の分野で活躍する方は多くいらっしゃいます。非常に凝ったMVの作り手や、メタバースを含む拡張したメディアにおいて、一定以上のクオリティのあるものを仕上げている方々には、CM出身の方は多いです。

 

最近、とても感心した例は、フジテレビのドラマ『パリピ孔明』です。通常のTVドラマを超えた映像のルックの強さが、すごいなぁと思って見ていたのですが、メイン演出がCMディレクターでもある渋江修平さん※1でした。なるほど、だからこの絵の強さで定着できるんだな、と感心した次第です。美術や衣装やカラコレまで一体となった強い絵で、しかも面白いドラマを展開していて見事だなと思ったんですよね。

 

※1 渋江修平監督:長崎県波佐見町出身。フリーランス映像ディレクター。インパクト&エンターテインメントを心がけ、CM/MV/ドラマなど幅広いジャンルで活動。

―そのようなCMの素晴らしさを若者に分かってもらうには、どうすればいいのでしょうか?

須田:うーん、難しいですよね。時代と環境の大変化に対して、個々人の思いで果たして対抗できるのだろうか?というくらい。ただ、このまま何もしなくて良いとは思えない。自分がかつて憧れた広告映像の魅力を、自分にできる方法で次世代に伝えるのは、ある種、我々の世代のつとめなんじゃないか?と思っています。

 

私たちが学生の頃の70-80年代は、お茶の間にいて、CMという形で「すごい映像」を浴びるように摂取できた時代でした。だから、自分は映画と同じくらいCMに憧れていたし、CMで新しい文化の香りに接していました。その輝きは広告表現だけでなく、日本という国の経済状態や、TVという媒体そのものに勢いがあった時代だった、というのも大きいです。よく「広告黄金時代」と言いますが、「経済黄金時代」であり「TV黄金時代」でもあったと言えますよね。

 

「作り手になる道」というのは、こういう風に名作を浴びるように見て、「面白い!」「好きだ!」「興味ある!」と思うことから、始まると思うんです。シンプルですよね。名作を見る、憧れる、そして作りたくなる。ですから、もし今の日常生活に名作広告との接点がないのであれば、過去の名作でもいいから接触する機会を作ってあげることが大切なんじゃないでしょうか。

 

それは「YouTubeにあるんだから、自分で見つけろよ」では不可能で、また「SNSでバズってて接触した」とか「リコメンドで出て来た」とかではなくて、なにかしらのセレンディピティな出会い、幸運な偶然のような出会いが、そういう「自分の道を定める元」となるような「運命的な興味」を誘発するには、大切なことなんじゃないかと、最近、特に感じるんです。

 

たとえば、美術の世界なら、たまたま葛飾北斎の絵に出会って、そこから学び始める人がいても別に不思議じゃない。映画なら、小津安二郎をたまたま見て魅了されても、何も悪くない。だから、広告映像だって40年前のCMを見て、衝撃を受けて、憧れるなんてことがあったって、別にいいじゃないですか。そういう風に「良いと思えるCMと出会える場」を作らないといけないんじゃないか。我々が、それをやれる最後の世代なんじゃないか。そんな風に思います。

 

昭和の古本屋のおせっかいなオヤジが「この本を読んでみろ」と言うように、また映画サークルの先輩が「ゴタールは見ておけよ」と唐突に言うように、良いCMへの紹介者がいないと、もはや出会う手立ては普通の日常にはない、と思うんです。さみしい言い方だけど、浮世絵や名画座や古本と、名作CMはすでに同等に稀少な存在なんだという認識に立って「それでも、けっこうだ!俺が、おせっかいを焼く」と諦めず紹介する。それをやらなければいけない時期に来ているな、と感じます。

 

自分は多摩美でできることはやろうと思ってますし、汐留の「アドミュージアム東京」ではコロナ前から「20世紀広告研究会」と称して、いろんな切り口で名作CMをアンソロジーにして、若い学生もふくめ見てもらって、楽しく学ぶきっかけを作ろうとして来ました。

(*20世紀広告研究会については、こちらを参照ください。)

https://www.yhmf.jp/as/.assets/vol_67_p65-66.pdf

https://note.com/0362182500/n/n8d7565a21061?magazine_key=mc4b9c0bfbf94

 

―Youtube全盛の今、若者がCMを学んでくれるでしょうか?

須田:YouTubeのおかげで、新しいタイプの映像クリエイターがどんどん出てきています。それ自体は、素晴らしいことなんですが、ほぼみんなピンの存在で、孤立した才能だと感じます。なので、彼らが映像言語やスキルを構造的に学んだり、あるいは作ることのモチベーションそのものを得たりすることが、もっとできれば、さらに素晴らしい映像を作る才能が増える可能性が、高くなると思います。1-2作、YouTubeで大ヒットするのと、一生の仕事として「作り続ける」ことができるのとは、やはり違う。そのために、どうすれば良いか?どうしてあげれば良いか?

 

Vookの岡本さん※2が、制作ナレッジの共有で「映像クリエイターを無敵にする」と言っているのも、そういうビジョンなのだと思います。こういったスキル教育においても、CM制作は本来、とても有効なはずだと思うんです。集団で育つ。師匠について学ぶ。チームを動かす。昭和的な教育法だと思われるかもしれませんが、映像制作をステップアップする中では、ある時期には必須なプロセスだと考えます。ですから私たち広告会社が、映像クリエイターに映像スキルの教育機会を提供することも、アリなのだと思っています。もちろん、その場合は、そもそもの「企画」や「メッセージ」や「キービジュアル」の開発から体験してもらうべきだと思っています。

 

※2:岡本俊太郎氏:株式会社Vook代表。「映像クリエイターを無敵に」をビジョンに、日本最大の映像・動画クリエイター向けのプラットフォームVookを運営。映像・動画制作クリエイターに特化した教育・広告・採用事業を展開している。

 

「広告」というのは、今の日常生活の中では「ジャマモノ」と感じることが多いかもしれませんが、そのスキルの使い方や、産業へのアプローチの仕方を学ぶことで、「コミュニケーション」を生業とする人には、非常に有効な学びがあるはずです。広告や広告映像の豊かさや魅力を、次世代に伝えていきたいと思っています。

須田和博

株式会社博報堂ブランドイノベーションデザイン局 エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクター 兼 UNIVERSITY of CREATIVITY テック・フィールド・ディレクター

1990年多摩美大卒、博報堂入社。AD、CMプラナーを経て、インタラクティブ領域へ。2009年「ミクシィ年賀状」TIAAグランプリ。2014年スダラボ発足、「ライスコード」でアドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で60以上の広告賞を受賞。2016〜17年 ACC賞インタラクティブ部門・審査委員長。2019年「MRミュージアム」日本イベント大賞グランプリ。2023年より多摩美術大学・非常勤講師、および内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)ピアレビュー委員。著書「使ってもらえる広告」