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No.54:2月の桜

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4月。
桜は、例によっていつものごとく、当たり前に咲いた。
仕事の合間を縫って、先日少しだけ花見へと出かけた。
千鳥ヶ淵へ。
花見客と、入学式のために武道館を目指す新大学生の波に揉まれながらも、
しかし、一時の風流を味わうために頭を空にして目に映る風景のみに、心を馳せた。
堀に沿って、半蔵門方面までの道のりを歩く。
道沿いに綿々と連なる桜の木々と、風に攫われて散る花びらが、視界に一幅の絵を作っていた。
画家だったらあるいはカメラマンだったら、この瞬間を上手く切り抜くことが出来るのだろうが、生憎そんな技術は持ち合わせていないので、せめてもの慰みとして詩人の気持ちになり、
これが春か、と新しい季節の訪れを自然の様相の変化に重ねた。
一句詠んでみようかと少しの間頭を捻るのだが、普段そういう頭の使い方をしていないものだから、特にこれといって上手い言葉も浮かばず、何だかもやもやとした気分になる。
まったく、せっかくの花見気分を自ら壊してしまうとは、と自虐的になり下を見ながら歩いていると、散った花びらが道にびっしりと敷き詰められているのだ。
2次的にここにも花を咲かせているのだと、一つ足下の花びらを拾おうとしたところ、
あ、そういえば、既に2月に花見をしていたのだ。と思い出したのである。

2月、某日。
一晩中東京に大雪が降った。
その明くる日はロケの建て込みであった。明日はいよいよ本番日である。
日本家屋を使用し、和室から広く日本庭園を臨む画を撮影する予定である。
そしてそこには、季節外れの桜が満開になっているはずだった。
しかし建て込みの朝、現場に行くなり絶句せざるを得なかった。
目に入ってくるはずの薄桃色は埋もれ、白い雪が一面、眼前に広がっていた。
大きな声を出しながら、視界の左右を行ったり来たりする人達がいる。
雪かきをする美術部の人達だ。
天気予報を前々から見ていたため覚悟はしていたのだが、やはり実際にその状況を目の当たりにすると、現実を受け入れるためにはある程度の時間が必要だった。
我に返り慌てて雪かきに参加する。
雪が降るほど気温が低い中での作業であったはずが、いつしか額にはじんわりと汗がにじんでいた。
その汗が雪かきの運動によるものなのか、明日の本番を前にした心理的不安の汗なのか。
兎に角、すでに降り積もってしまった雪を前に、ただただ無心でその雪をかき分けるしか、選択肢は無かったのである。
そして迎えた本番日。
前日の白い世界が幻であったかのように、緑と淡い桃色が芽吹く春の景色が一足早くそこに広がっていた。
満開の桜や舞い散る桜は、もちろん美術で用意した模造の桜である。
しかし、そこに現れたのは前日の大雪の爪痕など微塵も感じさせない圧倒的な「春」であった。
元よりある樹に満開の桜(見事なまでの模造品であった)がくくり付けられ、毎年そこに咲いているのではないかと思わせる程であったし、庭一面に降り注ぐ花びらは、4月に見るそれと寸分違わぬ軌跡を描いた。

何とも贅沢なものだったのだ。
と、今更ながらに思う。
人々が数年ぶりの大雪に肩を震わせていた時に、一足早く視覚だけでも暖かな春を感じていたのだ。

当たり前だが、CMは実際に放送される日よりも前に撮影されている。
この季節桜が出てくるCMを沢山目にするが、実際に咲いた桜を撮影しているCMは少ないはずだ。
同じように夏にO.AされるCMはその少し前、晩春に。秋にO.AされるCMは晩夏に。冬にO.AされるCMは晩秋に。と、季節がはっきりと変わる前に撮影は行われる。
夏の海が必要であれば、晩春に暖かな海を目指して南に下る。紅葉を取りたければ、晩夏に北へと向かう。雪景色を撮影したければ、晩秋に雪のある国を目指す。
実際はリアルに季節の景色を撮るばかりではないのだが、そういう事もあり得るのだ。

この仕事は、季節を追いかける仕事でもあったのだ。

何か生き急いでいる感もあるのだが、ひたすらに季節の移り変わりを捉えようとするのは、何だか素敵だな、と思うのだ。
4月の桜を見て、2月の桜を憶うのは、この仕事ならでは。と、言えるのだろう。


件の2月にロケをしたCMは、
東洋水産マルちゃん「四季物語」春のときめきシリーズのCM。
ジェロさんが、和の心を持って優雅にカップ麺をすすっている。

既に見た方もいるかと思うが、
そんな裏話があったのだと思い見ると別の楽しみもあるのではないだろうか。
マルちゃん「四季物語」春のときめきシリーズ。春だけの限定カップ麺。
是非、季節の移ろいに乗り遅れる事なく食して頂ければと、思う。

ほんわり桜えびの香り漂い、実に春っぽい味わいが、素敵なのだ。

制作部 松井

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